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復興を誓う『カントリーロード』 |
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午後1時、ベガチアのパフォーマンスが始まった。キックオフまでまだ一時間あるにも関わらず、すでにスタンドの半分が埋まっていた。
「さあ今年もスタジアムを盛り上げてくれるベガルタチアリーダーズの登場です!」
場内アナウンスに、ひときわ大きな歓声と力強い拍手が起きた。
「確かにみな、大変な状況を乗り越えて、本当にようやく“この日”を迎えるまでたどり着いた。でも、大変だったからパフォーマンスの質や気持ちが落ちて良いという訳ではない。『こういう時だからこそ、普段以上のパフォーマンスを見せる覚悟で臨んで欲しい』と伝えました。
自分たちがピッチに立つ意味は何なのか。本番を前に、メンバーひとりひとりが、笑顔で夢や希望を届けるベガチアの使命を改めて考えているのが伝わってきました。今日はきっと特別な日になると思いながら、『試合を見に来て良かった』『明日もまたがんばろう』と思ってもらえるパフォーマンスを見せましょうとだけ言って、送り出しました」(塩崎)
シーズン毎に変わるベガチアのダンス曲。今年は例年より少しスローな分、サポーターが一緒に手拍子をしたり口ずさんだりできるノリやすくて軽快な曲だ。塩崎がこの曲を選んだのは震災以前だったが、期せずして今の東北、今の観客の心に優しさと力強さを感じさせるパフォーマンスになった。
「リハーサルでは厳しい事も言いましたが、この状況の中、本当によくやってくれたと思いました。練習では危うかった部分も本番ではしっかり立て直していました。改めて、『頼もしいな』と思いました」(塩崎)
メンバーの気持ちをひとつに重ねたパフォーマンスを、塩崎は感慨深く見守った。激変した環境に負けず、強いチアスピリットを持ち続けているメンバーたち。その姿をまぶたに焼き付ける事ができたこと、そして、今日という日を迎えられたことに、感謝をしながら・・・。
午後1時55分、選手入場——。
いっせいに立ち上がって手を繋ぎ、ベガルタのサポーターソング『カントリーロード』の大合唱で迎える観客たち。その姿は復興に向けて粘り強く頑張って行こうと誓い合っているようにも見えた。 |
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それぞれの「4.29」 |
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「2011年4月29日」という日を、チアメンバーたちはどんな気持ちで迎えたのか。
今年9年目を迎えるチーム創設以来のメンバー、高橋美幸——。
「練習もまともにできない期間が続く中、それぞれができる限りの準備をしてやっと開幕できた。嬉しい気持ちが半分、足を運んで下さったサポーターのみなさん、そして会場には来られなかった避難所で生活している方たちのためにも、しっかりチームを応援しよう!という気持ちが半分でした。
思いを届けるために、普段と変わらない“元気なチアパフォーマンス”を見せる事に集中しました。」
ジュニア・ユースを経て、ベガチア2年目の鈴木華子——。
「スタジアムでは、たくさんのサポーターのみなさんがとても温かい言葉をかけてくださいました。みな辛い時間を乗り越えてきたからこそ、本当に全員が一体になったと感じられるパフォーマンスや応援ができた。そしてそんなピッチに立てた事を、誇りに思いました。
勇気や元気、笑顔を届けられるチャンスをいただけたという事が嬉しかったです」
そして、この日がデビューとなったルーキー、小山田美帆——。
「リハーサルでは緊張のあまり失敗をしてしまって落ち込んでいたのですが、佐恵さんの一言に背中を押していただいて、本番では落ち着いてパフォーマンスをする事ができました。
今まで、家が流された友だちに対して何かしてあげたいという気持ちはあっても、ひとりでは力になれる事がほとんどなくて、心が塞ぐことも多かった。でも、こうして開幕を迎えることができて、ベガルタ仙台のチアとして、悲しみや苦しみを抱えている方々に勇気と元気を届ける事に貢献できた。それが何より嬉しかったです。
ベガチアは避難所への慰問なども行っていて、私も少し前に気仙沼でのボランティア活動に参加させていただきました。想像以上に厳しい避難所の様子がショックで、後ろ向きな気持ちになったこともありました。でも、『4月29日という日を、わたし自身にとっても、前を向いて歩き出すスタートにしたい!』と思ってピッチ立ちました」 |
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心ひとつに。そして……。 |
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ベガルタは開始早々から積極的に攻撃を仕掛けた。そして前半40分、梁選手の上げたクロスに太田選手がヘディングで合わせ、これまで一度も勝利した事のない浦和から先制点を上げた。前半は1対0とベガルタがリードしたまま終了した。盛り上がるスタジアム。控え室のモニターで試合の様子を見守っていたベガチアも歓喜に沸いた。
スタンドの観客、ピッチで戦う選手、そして控え室で祈り続けるチアメンバー。ベガルタ仙台を応援するこの場所にいるすべての人たちの心がひとつになっている。いままで感じた事のないような一体感を誰もが実感していた。 |
(取材・文/会津泰成)
(3回目に続く)
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